九時半に出社したO氏の一日は、営業報告書を見ることから始まる。O氏にいわせれば、「不動産業はワケありの人間が集まってくる社会の吹き溜り」。そうである以上、怠け者も珍しくない。嘘の営業報告書も当然混じっている。もっとも、だからといってひどく怒るようなことはしない。やる気のないやつには何を言っても無駄だし、この狂乱の不動産ブームに仕事をしないやつなど相手にしてもしょうがない。なにより転職を重ねる者が珍しくない不動産業では、そういう連中は放っておいても会社を渡り歩いていく。
[参考情報]
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むしろ、営業レポートのチェックは管理者という立場上、O氏がやっておかなければいけない日々の儀式に近い。建て前として就業時間は午後六時までと規定されているが、不動産業にはそんなものは関係ない。午前中に契約を一本まとめれば、その日はもう終わりだ。百万単位の歩合が決まったうえで、さらに働こうというバカはいない。あとは好きなことをして時間をツブせばいい。だから収入に比べれば実働時間はぐっと少ない。重要なのはネットワークを張り巡らせておくことで、仕事の実質は会社にいることでもなければ、歩き回ることでもない。契約が決まろうと決まらなかろうと、夜になればO氏の足は自然と繁華街に向かっていく。夜遊びが好きなのはむろんだが、ネットワーク作りは夜がいちばんなのだ。O氏が好んだ盛り場は新宿、渋谷、六本木、赤坂だ。銀座を敬遠したのは、成り上がり者であることを自覚していたからだという。毎晩のように飲み歩き、カネをばらまき続けた。