ソーセージといえば、ドイツが本場。ドイツのソーセージはずいぶん種類が多く、それぞれとてもおいしい。デパートなどでは、ドイツ語らしい名前のさまざまなソーセージが売られており、ドイツ料理の店に入れば、必ずといっていいほどソーセージ料理がある。ドイツでソーセージがさかんに食べられるようになったのは、もとはといえば、寒くて土地のやせたドイツの厳しい気候風土にあった。ソーセージの原料となるブタは、やせた土地の雑草や森の木の実などでも育てることができるので、穀物に乏しいドイツの気候風土でも育てやすい。そして、秋には、ブタのエサが少なくなる冬に備えて、できるだけ太らせてから殺し、冬場の保存食としていたのだが、冷蔵庫のなかった昔には、冷凍保存などできない。塩漬けやソーセージなどの形で、肉を保存した。もちろん、同じ食べるなら、たんに保存がきくだけでなく、おいしいほうがいい。ドイツの主婦たちは、肉と脂肪の混合比率、スパイスの使い方、ゆでてから詰めるか、詰めてからゆでるかなど、さまざまな工夫をこらした。そして現代では、肉屋で売られているソーセージをつくっているのは、マイスター(職匠・親方)と呼ばれる人々。プロのソーセージ作りをめざす人は、職業学校に通いながら、レーリング(見習い)からゲゼレ(職人)へと、現場で修業を積み重ねて、マイスターの資格をとる。ドイツには、現在、千五百種類以上のソーセージがあるといわれているが、ブタの解体からソーセージをつくるまで、すべてマイスターが行って、店頭に並ぶ。つねに熟練技術者がつくるというこのマイスター制度によって、ドイツのソーセージは品質の高さが保たれ、おいしいというわけだ。
「アメリカずし」の進化は続く。TIGER’SEYEとはサーモンとアボカドを海苔で巻き、ゆでたイカに詰めたもの。SUNSHINEROLLはマグロ、ヒラメ、ハマチ、サーモン、アボカド、カニカマ、すし飯を海苔で巻き天ぷらのように揚げたもの。RAIBOWROLLはマグロ、ハマチ、サーモン、ヒラメ、サバ、エビにミントの葉を加え、カリフォルニア巻きと重ねて巻いたものだ。いずれも見た目に美しく、意外な組み合わせが不思議にマッチしていて、旨い。また、アメリカずしにはデザートもある。例えばアイスクリームを衣で包み、天ぷらにして揚げた“天プラアイス”という珍メニューもある。このほか、アメリカではスシブームがアジア系のエスニック料理にも飛び火し、タイ・レストランや韓国の焼肉レストランでも店内の一角にスシバーを置く所が増えている。このように今や、寿司は欧米のみならず、アジア料理にもその領域を広げつつあるのだ。だが、このSushiという文化、やはり日本人が発明したものだけに、日本人が行くと、やはりその食べ方や食べるものなどに一目置かれる。そして、寿司職人も日本人だから頼もしいことこのうえない。だから、スシバーや寿司屋は実は現地での数少ないコミュニケーションスポットにもなる。なぜなら、寿司屋やスシバーに来ているアメリカ人は皆、日本に対して興味があるか行ったことがある場合が多いからだ。だからカウンターで隣り合わせた現地の人々と寿司を話題にして盛り上がる機会も多い。「寿司」という伝統文化を媒介にアメリカ人女性と手を「握り」合って帰れるかもしれない。
「稲庭うどん」は、おそらくここ十年あまりでもっとも成功した地方の特産品かもしれない。県中西部にある城下町である角館が「小京都」といわれるのは、ここの初代藩主が京都の高倉家から秋田藩主の佐竹家に養子に来て分家をたてた人物だったことに由来する。そんなこともあって、角館には桜の樹木の皮を材料にした樺細工のような伝統工芸も発達したし、美しい武家屋敷もある。京の雅と東北の力強さの最良の結合がこの町からは感じられる。その京都から来たお殿様がある日、素麺を所望したがそんなものはこの地方にない。そこで、うどん作りの名人といわれる者を呼んで打たせたところ、たいへんお褒めにあずかったのが由来だという。きしめんを細くしたような形で透明感があり、こしはそれはどないがつゆになじみやすくつるっと食べやすい。宴席などをしめくくるお食事向きだったのがヒットの秘密だったと思う。結構、いい値段だがすっかり高級うどんとして人気が定着した。